
創業と歩み
橘礦機株式会社は、1935年に柱時計の製造販売を行う個人事業として創業しました。
精密な加工精度が求められる製品づくりを原点に、時代の要請とともに事業領域を広げてきました。
1961年には橘礦機株式会社へと組織変更し、第一工場を新設。鍛造アプセッタによるテーパーロッドの製造販売を開始し、主にダム発破工事業者向けにビット・ロッドの供給を行うなど、削孔分野への本格的な参入を果たしました。
1965年には、青函トンネル工事に携わる事業者へビット・ロッドの製造販売を開始。
日本を代表する大規模プロジェクトを支える中で、過酷な現場条件に耐える工具の品質と信頼性を磨いてきました。
1975年には第二工場を新設し、さく岩機用シャンクロッドおよびカップリングスリーブの製造販売を開始。1977年には、中継ぎロッド(3~4m)の再生化事業にも着手し、資源の有効活用と高い耐久性を両立する技術を蓄積してきました。
2003年以降は、これまで培ってきた削孔工具の技術を応用し、製鉄メーカー向けに高炉の出銑開孔機で使用されるシャンクロッドおよび関連工具の製造販売を開始。
さらに2004年には、製鋼メーカーの電炉向けにさく岩機用シャンクロッド・ビット・ロッドの供給を行うなど、事業領域を製鋼分野へと広げています。
2009年からは、製鋼・圧延・研削設備に使用される各種部品の製造販売にも取り組み、削孔分野で培った耐衝撃・耐摩耗技術を、より高負荷な設備分野へと展開してきました。
2016年には第三工場を新設。現在もなお、現場の要求に応えるための設備投資と技術開発を重ね、高負荷環境に対応する製品づくりを続けています。

過酷な現場で鍛えられた
「耐摩耗・耐衝撃」の基礎技術
橘礦機のものづくりは、トンネル工事や削孔現場といった、極めて過酷な環境で求められる性能に向き合うことから始まりました。シャンクロッドは、打撃・回転・推力・捻じれといった複数のエネルギーを同時に受け止める部品であり、わずかな設計や品質の差が、現場の停止や重大なトラブルにつながります。
当社では、材料選定から熱処理、形状設計に至るまで、長年の現場経験をもとに最適化を重ねてきました。耐摩耗性と耐衝撃性という相反する要素を両立させるため、数値や理論だけに頼らず、実使用環境での挙動を重視したものづくりを行っています。
こうして培われた基礎技術が、高負荷環境に耐える製品性能の土台となっています。
製鋼ラインの条件を理解した
製品設計・技術対応力
建設工具分野で培った技術は、製鋼・製鉄ラインという、さらに厳しい環境へと応用されています。高温・高荷重・連続稼働が前提となる製鋼ラインでは、単に「強い」だけではなく、設備全体とのバランスを考慮した設計が不可欠です。
当社は、製鋼ラインの操業条件や設備特を理解した上で、製品に求められる役割や負荷のかかり方を整理し、最適な材料・構造・仕様を検討しています。図面通りにつくるだけではなく、実際の使用環境を想定した技術対応を行うことで、安定した稼働を支える製品を提供しています。


現場を止めない実績と、
短納期に応える生産体制
現場では、設備の停止がそのまま工期の遅延や大きな損失につながります。そのため、製品性能だけでなく「必要なときに確実に供給できること」が重要です。
二◯一二年、東日本大震災からの復興道路建設プロジェクトにおいて、橘礦機は山岳トンネル掘削に必要な特殊中継ぎロッドの製造を担当しました。通常約十か月を要する工程を、わずか四か月で納品する体制を構築し、国内でも限られたメーカーとして早期復興に貢献しました。
この短期間での供給を可能にしたのは、長年培ってきた生産ノウハウと、工程全体を見渡した柔軟な対応力です。この経験は現在の生産体制にも活かされ、橘礦機は今も、突発的なトラブルや厳しい納期条件において現場を止めないためのものづくりを続けています。

